Journal of Integrate Medicine 第11巻8号701-703 2001年 医学書院
性機能障害−鑑別診断のための病歴の聴き方


1.基本的態度
 性機能障害の鑑別診断のためには、通常の病歴聴取と同様に患者に多くの情報を話してもらう必要がある。しかし、話す内容が性という個人のプライバシーに深く関わる問題のため、患者にありのままのことを話してもらうには、他の疾患にもまして、医師患者間に信頼関係を構築する必要がある。そのためには、性に対しての偏見や誤解を抱かず、患者に対して自分の価値を押しつけず、中立的な立場で話を聞くという態度が医師に求められる。また話を聞くときに、医師が興味本位になったり、恥ずかしがった場合には、患者も話すのをためらったり、恥ずかしがったりするので、真摯に話を聞いていく必要がある。

2.性機能障害の有無の鑑別
 「性機能障害がある」と訴えていても、本人ないしはパートナーに性機能障害症状のない場合がある。たとえば、性知識が欠如していたり、歪んでいたりした場合には、正常であっても異常であると思いこむことがある。あるいは「性交は何々でなければいけない」と強迫的に思っている場合は、自分の理想とする性交以外を性機能障害と感じていたりする。また、夫婦関係に問題があったり、そもそもパートナーに対して性的魅力を感じていなかったりすることもある。これらの鑑別は、症状を具体的に詳細に聞くことで、明らかとなる。

3.他の精神疾患との鑑別
 性機能障害を抱える人は多くの場合、心理的にも悩んでいる。たとえば勃起障害を抱える人が、自信をなくして落ち込んでいたり、夫婦不和になったりして悩んでいたりする場合である。しかし、もともと何かの精神疾患があり、性機能障害はその一症状の場合もある。代表的なのはうつ病である。うつ病では、全般的にやる気がなくなり、性欲も低下する。鑑別のポイントとしては、性機能以外の生活全般における、やる気のなさ、意欲の低下、食欲の低下、睡眠障害があるかどうかなどである。しかしながら、性機能障害を悩んだ結果として抑うつ状態となる場合などは鑑別が難しいこともある。

4.他の性的問題との鑑別
 性機能障害を主訴にしていても、他の性的問題が背景にある場合もある。他の性的問題を知るには、その患者さんの性的ありよう(セクシュアリティ)の全体を把握する必要がある。性的ありようは性指向、性同一性、性嗜好などから成り立つ。性指向は、性的興奮を引き起こす性別は何か、ということであり、異性愛、同性愛、両性愛、無性愛(男女いずれにも対しても性指向がない)がある。性同一性とは、自分の性別に関する自己認知であり、体の性別と一致しないものが性同一性障害である。性嗜好とは性的興奮のためにどのような行動や空想を欲するかであり、フェティシズムやSMなど性嗜好の偏りの強いものが、性嗜好異常である。性のありようが一般的でないものの場合、「こんなことを医者に話すと変に思われるのではないだろうか」と患者がためらいを持っていることが多く、その把握には、患者治療者関係が十分に確立することが肝心である。その上で、実際の行動と共に、マスターベーションや性交時においてどのようなことを想像しながら、興奮しているかを聞くことが性指向や性嗜好を知る上で有用である。

5.パートナーの性機能障害との鑑別
 「セックスがうまくできない」と訴えている本人に性機能障害があるとは限らない。配偶者や恋人などの性的パートナーに問題がある場合もある。このことを明らかにするには、一方からの話だけでなく、カップル両方から、詳細に性交の具体的様子を聞く必要がある。
また、通院開始の初め頃には不明でも、治療を積み重ねていく上で明らかになることもある。たとえば、当初、男性の勃起障害と思われていたのが、薬物療法等で、男性の勃起が十分に起きても、女性が性交への嫌悪や恐怖を示し、挿入が出来ない場合などである。

6.性反応相の鑑別
 性機能障害において、表1で記した、四相の中でどの反応段階における障害かを診断していかなければならない。
 興奮相は、男性においてはペニスの勃起、女性においては膣の潤滑と拡張という身体的変化が起こるために、医師・患者共に注意が向きやすいが、性欲の有無は、心理的なものであるために、欲求相の障害は見落としがちである。「勃起しない」「膣がぬれない」と患者が訴えたとしても、「セックスをしたいという気持ちは起こりますか」「セックスを嫌だという気持ちはないですか」と質問し、欲求相に問題がないかを確認する必要がある。性欲が不足、欠如していれば性的欲求低下障害、性的接触を嫌悪し回避していれば、性嫌悪障害である。
 女性の場合、冷感症、不感症などといって、興奮相とオルガズム相の障害を混同することがある。膣の適切な潤滑・膨張がないのが女性の性的興奮の障害で、興奮に引き続くオルガズムの遅延や欠如が女性オルガズム障害である。
 男性の勃起障害、男性オルガズム障害(射精困難)、早漏は比較的診断が容易だと思われるが、患者は実際以上に深刻に症状をとらえている場合もあり、症状は具体的に聞く必要がある。
 また性反応に関わらず、性交に関して性器痛がある場合が性交疼痛症であり、膣にれん縮が起こり性交を障害するのが膣けいれんである。

7.心因性、器質性、混合性の鑑別
 性機能障害を引き起こす原因には大きく、心理的原因(心因性)、身体的原因(器質性)、心理的身体的両方の原因(混合性)のものに分けられる。この原因の鑑別は、病歴を詳しく聴取することである程度、推測可能である。たとえば、状況に左右される(「マスターベーションだと興奮しオルガズムに達するがパートナーとだと興奮しない」「他の相手となら大丈夫だが」など)場合、発症が何かのきっかけで急激におきた(「夫が浮気していると知ってセックスする気がなくなった」など)場合などは心因性のものが強く疑われる。しかしながら、一見したところ心因性に見えて、身体的要因も関与している場合もあるので、確定診断のためには、身体的検査が必要である。
 また、逆に一見したところ、器質性のものであっても、心理的要因も関与している場合がある。たとえば、糖尿病のものが「自分は糖尿病だから、勃起しないかもしれない」と不安を抱え、その不安により、勃起障害を呈している場合などである。そのため、器質性と思われても、問診により心理的要因も聴取しておく必要がある。

文献
・針間克己.性機能不全II分類と臨床像..牛島定信(編).臨床精神医学講座srecial issue第4巻 摂食障害・性障害,pp291-304,中山書店,2000
<性機能障害の中で、性的欲求の障害と性的興奮の障害について、その概念と臨床像を詳細に述べている>

・針間克己.精神科的問診.内藤誠二(編).Erectile Dysfunction外来,pp31-40,メジカルビュー社, 2000
<勃起障害患者に対する精神科的問診を聴取すべき情報、診断すべき事柄に分け泌尿器科医向けに述べている>
・Kaplan HS.The evaluation of sexual disorder,Brunner/Mazel,1983
<性機能障害の評価方法を、心理的、身体的、総合的側面から詳細に記述している>

Q&A
Q:性機能障害の鑑別で知るべきことは?
性のありよう、カップル二人の状態、性反応各相の状態、心理的原因・身体的原因

keyword
性機能障害、鑑別診断、問診、性反応相

Case
治療の進展に伴い妻の性的欲求低下障害が明らかになった夫婦

患者 男性36才、女性34才
限病歴:1年前見合い結婚。結婚後より性交試みるもうまくいかず。結婚後半年ほどで性交試みることもしなくなる。
治療経過:夫が勃起障害を主訴に来院。二回目より夫婦で来院。治療開始後2ヶ月で、夫は性交時に十分勃起可能に。しかし、性交不能は続き、問診により妻の性交時の膣の潤滑・膨張がなく、夫に対する性的欲求も乏しいことが明らかになる。

JIMノート
同性愛
1992年、WHOは国際疾病分類改訂第10版(ICD-10)において、「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」と宣言しており、今日の医学では、同性愛は異常とは見なされていない。

性同一性障害
性転換症ともいわれ、日本に2200人から7000人程度いると推測されている。1997年の日本精神神経学会の答申を受け、埼玉医科大学や岡山大学において、ホルモン療法や外科的療法によって、身体的性別を心理的性別に近付ける治療が現在、行われている。

One More Jim

Q セックスに関する質問は恥ずかしくてしにくいのだが

A 恥ずかしさの原因は、主に患者の問題を医師が自分の問題と重ねて考えるからです。患者の性の問題を扱うことと、医師自身の性的問題は無関係であることを良く理解すべきでしょう。また、患者の持つ性の悩みの深刻さに気がつくべきでしょう。そうすれば、質問をためらう気持ちは薄れると思います。さらに、正しい診断や治療方針を得るためには、正確な情報が必要であることを認識すれば、詳しく具体的な質問できるはずです。
 
3.情報の聴取 

 問診の第一段階は情報の聴取である。性的問題の聴取の内容は、患者が言いたがらないことや、言うことが恥ずかしい場合が多く、医師からのイエス、ノー式の一方的な質問の羅列では、有用な情報を得ることが困難である。むしろ、患者中心に自由に話をしてもらう方が、より内容のある情報を聴取することができる。
 最初に得られる情報は通常、 患者自身の自発的第一声によって、あるいは、医師の「どうなさいましたか」への返答として得られる、受診理由ないしは主訴である。受診理由でおさえておきたいことはいくつかある。受診発案者は本人なのか、パートナーのすすめなのか。子供が欲しくて来たのか、夫婦円満になりたくて来たのか、離婚を避けるために来たのか、男としての自信を回復しに来たのか。泌尿器科からの紹介か、紹介なく直接来たのか。これらの情報は、今後どう問診および治療をすすめていくかを決定する重要な鍵となる(表1)。主訴は、患者の初診当初における、意識化され、言語化された問題点が、凝縮したか形で現れてくる。主訴を詳細に聴取していくことは、患者自身にとっては、その時点で最も困り悩んでいることを、聞いてもらえるという意味で治療的であり、医師にとっては、その主訴の内容ををふくらましていくことでその後の情報聴取への円滑な移行を容易にする。また、治療を開始した後に、病状改善の行き詰まりを示した場合、初期における問題意識である主訴を想起することは、治療過程を見直し新たなる治療戦略を立てていく上で、有用であろう。
 聴取すべき情報は、現病歴を始め多岐に渡るが、主たるものを、表2に示した。繰り返しになるが、聴取にあたっては、患者中心に話してもらいながらも、より具体的、客観的情報を得るように務める。また、聴取すべき情報は多いが、ある程度、性的状態などのポイントを把握したら、仮説としての診断を行い、その診断に基づき治療を進める中で、新たに情報を得て、それに関わる情報をさらに聴取するという具合に情報内容を深めていけば良いであろう。
 主訴を詳細に聞いていくことは、そのまま現病歴の聴取へとつながる。生来型の勃起障害の場合などでは明確な発症時期が不明な場合も多く、現病歴の聴取は、現在および過去の性的状態を全体的に聴取する中で、行うべきであろう。性交時の性的状態については、ペニスの勃起状態だけでなく、その相手や状況、性交中および前後の心理的状態も聴取する。勃起障害を訴える場合は、性交中のどの段階で、どういった状況で、どのような心理状態の時に起きるかを聴取する。マスターベーションは手指によるペニスへの刺激以外に、布団へのこすりつけや、何らかの器具を用いて行うものなどがおり、その方法を具体的に聴取する。また、興奮する対象や、想像する内容も聴取する。女性の裸体や、性交場面以外にも、着衣の女性や、女性の姿でなく漠然とした性器や、男性、SM場面などの、雑誌写真、ビデオ、あるいは想像によって興奮し、マスターベーションを行うものもおり、性嗜好や性指向を知る手がかりとなる。
 パートナーについての情報も聴取する。その情報は、患者からと可能であれば、パートナー自身からも得る。パートナー自身の性的状態、患者パートナー関係、パートナーから見た患者の状態などが聴取すべき主たる内容である。患者とパートナーから、それぞれ聴取する内容は、大きく異なることが多々あり、その食い違いは、性障害を引き起こしている原因を探る上で、一つの鍵となりうる。
 性障害以外の過去および現在の精神症状の有無を聴取する。性障害に伴って、二次的な抑うつ不安症状を示すものも多く、このような二次的精神症状についても聴取する。
 身体症状は、身体的既往歴や、現在および過去における薬剤の服用状況、酒、たばこの摂取量、身体の一般的疲労等を聴取する。
 家族歴は、家族、親族の関連しそうな身体・精神疾患の有無と共に、どのような家族が、どのような家族観、結婚観、夫婦観、性への考えの中で、患者を育ててきたかを聴取する。
 生活歴は、学歴・職歴を聞くと同時に、患者がどのような価値観を有し、どのような対人関係を持ってきたかも聴取する。

4.診断

 情報の聴取を行ったら、診断を行う。だが、この診断とは確定診断と考えるより、治療へと進む前段階の、仮説としての診断であり、その後の治療により新たな情報が加わることで、修正、変更されうる性質のものである。
 また「診断」と一言で言うが、ここでの診断は単に疾患分類上の診断名を割り当てることではない。患者のさまざまな側面から見た全体像を把握し、勃起障害を引き起こしている原因を明らかにしていき、治療の指針をたてていくことも同時に含むのである。

1)患者の全体像の把握

 聴取された情報をもとに患者の全体像を把握する。勃起そのものの状態だけでなく、それをとりまく、患者の諸側面を総合的に把握する。把握にあたって軸となる諸側面を表3に示す。
 性機能状態の把握にあたっては、性反応が四相に分かれることを留意し(表4)、それぞれの反応相のどの段階でどのような問題が生じているかを注意深く評価する必要がある。勃起と射精は目に見える形で異なるため、その違いは容易に理解されやすいが、性欲は目に見えないために、その存在を見落とすことがある。そのために、実際には「性欲がない」すなわち欲求相の障害であるにも関わらず、「勃起しない」という勃起障害つまり興奮相の障害と誤診してしまう例はよく見受けられる。
 性行動時やその他の性的状況の中での患者の精神状態の把握は詳細にしなければならない。多くの場合は性的状況において、不安、恐怖、嫌悪、葛藤などの否定的な感情が起こり、性的反応を阻害している。最初のうちはそれらの感情を言葉でうまく表現できず、面接を繰り返すうちにようやく語ることができるようになる患者も多い。
 精神症状の把握は慎重に行う必要がある。抑うつ不安状態などの場合、性障害に伴って二次的に症状を示しているのか、元来抑うつ不安状態であり、その一症状として、勃起障害等の性障害症状を呈するのか、鑑別が難しいこともある。
   性のありようは性指向、性同一性、性嗜好から成り立ち(表5)、それぞれ患者の性反応に影響を与えうる。性指向は、異性愛、同性愛、両性愛、無性愛(男女いずれにも対しても性指向がない)がある。性同一性は身体的性別と一致することが多いが、性同一性障害者のように、身体的性別とは一致しないものや、男女両方の性同一性を持つ者もいる。性指向と性同一性は混同されることがあるがそれぞれ独立した別個の概念である。性嗜好の偏ったものがパラフィリア(かつての性的偏倚、性倒錯)である。性のありようは、患者治療者関係が十分に確立して始めて明らかにされたり、実際の性行動や性役割と異なることもあり(結婚しているが実は同性愛など)、慎重な評価が必要である。実際の行動と共に、マスターベーションや性交時においてどのようなことを想像しながら、興奮しているかを聞くことが性指向や性嗜好を知る上で有用なこともある。
 性知識は、欠如していたり、不足していたり、あるいは誤った解釈をしていたりすることがあり、これらのことが性反応に影響を与えていることがある。一通りの聴取では、問題なく聞こえる性知識でも、詳細に聞くと、思いこみの強い歪んだ性知識を持つことが明らかになることもある。
 パートナーについても、患者自身と同様に全体像を把握する必要がある。実際には性障害の原因はパートナー側にあったり、患者の勃起障害だけでなく、パートナーにも性障害やその他の何らかの問題がある場合などがある。
 二者関係についても把握する必要がある。一般に良好な二者関係の方が予後がよいといわれるが、表面的には良好に見えても実は問題のある関係であったり、その逆に診察室では激しく喧嘩しながらも、家では協力し合って、治療に取り組む夫婦もいる。また、医学的治療を行う以前に、二者カウンセリングが必要な関係の場合や、離婚の材料として診断書をパートナーが欲している場合などもある。
 身体的状態も把握すべきである。問診によって身体的な原因が疑われる場合はいうまでもないが、理想を言えば、性障害を訴える全ての患者に対して、精神医学的診察と同時ないし以前に、泌尿器科等で身体的検査が実施されることが望ましい。

2)疾患分類上の診断

 疾患分類上の診断には、精神科では一般的にDSM-IV(精神疾患の診断・統計マニュアル第4版)を用いる。
 DSM-IVにおける、性障害、性同一性障害は表6の通りである。主訴が勃起障害であっても実際には、別の性障害に分類されるものもいる。男性の勃起障害以外にも、他の性障害を併発しているものもおり、その場合は、その障害名も併記される。
   勃起障害は、性機能不全、性的興奮の障害の中の男性の勃起障害へと診断分類され、その診断基準は、表7の通りである。ペニスの生理的状態だけでなく、基準Bで本人の苦痛や、対人関係上の困難さといった心理的問題も診断基準に含まれていることに留意する必要がある。また、発症、状況、病因を示すために、病型を記載することができる。それぞれの病型の基準は、表8の通りである。生来型、獲得型は一次性、二次性ともいわれ、過去にうまくいった性交があれば獲得型ないしは二次性で、一度もうまくいったことがなければ生来型ないしは一次性である。全般型、状況型は勃起障害が状況性かどうかを示し、状況型には「妻とはだめだが愛人とは可能」「家ではだめだがホテルなら可能」「妻が衣服を着たままなら可能」などの例がある。勃起障害の原因により、心理的要因による、と、混合性要因による、に分けられる。たとえ、身体疾患や、物質の使用が原因として関与していても、心理的原因も関与している場合には、混合性要因による、に分類される。原因が一般身体疾患のみによる場合は、一般身体疾患による性機能不全に分類され、薬物の使用のみによる場合には、物質誘発性性機能不全に分類される。

3)治療指針をたてるための原因診断

 治療へと進めていくには、勃起障害を引き起こしている原因を明らかにする必要がある。十分な患者の全体像の把握ができていれば、その原因も自ずと明らかとなるはずだが、既に述べたように、その把握は、治療を進める中で徐々に積み重ねていくものである。そのため、早い段階において、不十分ながらでも原因を仮説として推定し、治療を進めながら、その原因が勃起障害を引き起こしているのか、あるいは他の原因も関与しているのか検証していくこととなる。
 勃起障害を引き起こす原因としては、大きく分けて、表9に示すように直接的原因、深層的原因、二者関係の原因がある。これらの原因は、もともとは、異なった治療技法理論から、それぞれ提唱されていたものであるが、現在ではこれら原因を統合的に捉え、治療にあたるという考えが主流である。
 直接的原因は、性反応の真っ最中に作用し、その時点で性反応をだめにしてしまう。この原因は患者自身が比較的容易に気が付き、治療の標的としてすぐに扱いやすい。直接的原因の代表的なものは性的不安であり、「またセックスがうまくいかないのでは」という失敗への恐怖は、ほとんどの患者に共通して見受けられることができる。この恐怖に伴い、「パートナーから見捨てられるのではないか」という不安、「パートナーからセックスを強要されている」という圧迫感もよくある心理である。また性的知識の欠如や強迫的思考に由来する「いついかなる時も必ず十分に勃起し、その勃起を持続させ、それによりパートナーを性的に満足させなければいけない」という強い思いも、頻繁に見受けられる。
 深層的原因は、性行為を楽しみたいと願望と、そうすることへの無意識の恐怖から生ずる心理的葛藤に由来する。直接的原因のようにすぐに意識され、直接には性反応を阻害せず、意識されない心の奥底で、間接的に性反応を阻害すると考えられる。しかし、直接的原因と深層的原因は明確に二分できるものと捉えるより、ある同一連続体上に位置し、その中により直接的ないしは、深層的な原因があると理解する方が良いであろう。
 二者関係の原因とは、患者パートナー間における破壊的な性的システムを指す。そのシステムは、個人においてと同様に、より直接的に破壊的なものから、二人は意識していない深層的に破壊的なものまである。
 診断にあたっては、より意識され扱いやすい、直接的な原因をまず探り、その直接的な原因を標的とした治療を進める中で、より深層的な原因を明らかにしていくこととなる。
治療当初は、直接的な原因にしか、患者やそのパートナーが気付かなくても、徐々に自分の心の奥底を見つめ始め、より深層的な原因に気が付き治療の中で語り、治療の対象として扱えるようになってくる。しかし、実際には、深層的原因があったとしても、直接的な原因を標的にしていくだけで、病状が改善されていき、治療終了となることも多い。