2001年の「性同一性障害の基礎と臨床」中の論文です。精神科医から見た性同一性障害者の抱える法的問題について論じています。


性同一性障害者の抱える法的問題
針間克己
はじめに

 性同一性障害者の抱える苦悩の一つとして、典型的な男女二分性を前提とする社会の中で生活していく存在であるが故に生ずる葛藤も挙げられよう。社会を構築する主たるものとして法的要素もあるが、我が国では従来、医学的議論・治療の遅れもあり、性同一性障害者の法的問題に対して十分議論される機会は乏しかったと思われる。医学的基盤が整備されつつある現在、法的対応の議論も今後その必要性が増すであろう。本稿では性同一性障害に対する法的現況を概観し、さらに精神科医としての立場から、性同一性障害の法的議論の前提として必要と思われる医学的視点に関する私見を述べることとする。

1.名の変更
 性同一性障害者は出生時に名付けられた名前が典型的な男性名、女性名である場合、さまざまな場面で困難を有する。例えば男性として日常生活を過ごしているFTMが病気にかかったとしても、保険証に記載されている女性名で呼ばれることを嫌がり、病院の受診には抵抗がある。あるいは、女性としてMTFが運転しているときに、警察から免許証の呈示を求められ、その免許証に男性名が記載されていることより、不要な疑いをかけられたりする。また、このような実生活上の問題だけでなく、実の名前が自己の性認識と異なる性別を指す名前であることそのものに否定的な感情を抱くものも多い。  このことから、戸籍の名の変更を申し立てる性同一性障害者がいる。名の変更は、戸籍法一〇七条の二「正当な事由によって名を変更しようとするものは、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない」との規定に従って行われる。「正当な事由」の有無は、家庭裁判所の裁量的な判断に委ねられるが、申立の際の申立定型用紙の申立実情欄には「(1)奇妙な名前である。(2)難しくて正確に読まれない。(3)同性同名者がいて不便である。(4)異性とまぎらわしい。(5)外国人とまぎらわしい。(6) 年 月僧侶となった(やめた)。(7)通称として永年使用した(使用を始めた時期 年 月)。(8)その他。」とあり、そのどれかに丸をつけるようになっている。  従来は性同一性障害が名の変更を申し立てる場合、永年使用の実績があれば、おおよそ認められていたようであり、このため主として、申立理由を永年使用として申し立てていたようである。しかし、平成10年10月に各種新聞等1)で、「性同一性障害を理由に名の変更が認められた」との許可例が報道された頃より、性同一性障害者の間に「性同一性障害との理由があれば、名の変更ができる」との認識が広がり、性同一性障害を理由に名の変更を申し立てているものが増加しているように見受けられる。だが、実際には性同一性障害を理由に名の変更を申し立てても認められない例もあり、「裁判所や裁判官によって認められたり認められなかったりという判断が違うのは不公平だ」との不満の声が性同一性障害者の中にあるとも聞く。  埼玉医科大学でのSRSの実施および、それに伴う一連のマスコミ報道等により、家庭裁判所においても、医学的疾患としての性同一性障害への理解が深まっているのは確かであろう2)。しかし、性同一性障害との診断がただちに名の変更の許可を意味するものではないだろう。実際の審判においては個々の例それぞれの具体的内容、背景が考慮されよう。申し立てそれぞれの具体的背景が異なる以上、許可される例されない例がでるのはありうることである。性同一性障害者が名の変更を申し立てる場合にそれぞれが異なる内容・背景の主要なものを以下参考までに列挙しておく。
1)変更前後の名
 例えば、変更前の名が中性的もの(ヒロミ、カツミ、マサミ、シズカなど)であれば、変更する理由は乏しいし、逆に変更希望する名前が、中性的なものであれば、受け入れやすいであろう。また変更希望する名が、珍奇・難解なものや、外国人とまぎらわしい場合は変更は困難であろう。
2)使用実績
 永年使用に準じた形で、変更を希望する名の使用実績が長期にわたる方が認可されやすいと思われる。筆者自身の考えでも、突然名の変更を思いつき、安易に変更を申し立てるのは、その後に後悔や、元の名に戻したいと考えないとも限らず賛成できない。SRSやホルモン療法の前に一定期間のリアルライフテストが必要なように、名の変更に関しても一定期間の試用実績がある方が望ましいと思われる。
3)診断・医学的治療
 医師による性同一性障害との診断書を資料として提出するものが多いが、一回の診察により書かれた診断書と長期にわたる詳細な診療の上で診断された診断書では、資料としての意味合いが異なるであろう。また、ホルモン療法や何らかの外科的手術等も判断材料にはなりうる。ただし、性同一性障害者の中には「SRSを受けた方が名の変更がしやすい」と考えて早急なSRSを望むものもいるが、ガイドライン(日本精神神経学会の性同一性障害に関する特別委員会による、性同一性障害に関する答申と提言3))の遵守をはじめとし、慎重かつ十分な検討のもとに人生選択を決定できるものの方が、一時の感情的なものではなく、深く考えた上での名の変更申し立てであると考えられやすいとも思われる。
4)具体的状況
 性同一性障害と一口に言っても、その症状や、具体的状況は人によりさまざまである。普段の性役割がどちらであるかによってや、周囲の理解度、その人の心理的状況などにより、変更前の名前を使用することの苦痛度や、変更の必要性は異なるであろう。
5)家族関係
 結婚して配偶者や子供を有する場合には、夫や妻、あるいは父や母としての役割や関係性がある。この場合には男性、女性の性別をはっきり示す名への変更は困難な可能性がある。

2.性別表記の変更

 性同一性障害は身体上の性別だけでなく戸籍上の性別も自己の性認知と一致させたいと望むことがある。これは、戸籍上の性別と社会生活上の性別の不一致がもたらす職業生活や学校生活での不都合や、婚姻することの困難さなどの実際上の問題だけでなく、戸籍上の性別が自己の性認知と一致しないことそのものがもたらす直接的な心理上の苦痛にもよる。我が国では性同一性障害が医学的タブーだったこともあり、これまでに性同一性障害者の性別表記の変更の問題が、十分に法的に議論されてきたとは言い難い。ここでは、今後の法的議論の参考となりうる、我が国の裁判例、諸外国の状況、我が国の学者の学説、筆者の意見を述べることとする。

1)裁判例
 性同一性障害の性別表記変更に関する裁判はこれまでいくつかあり、その一部はマスコミ報道されたり4,5)、他文献で論じられている6,7,8,9)。しかし、本稿では、事実関係の信頼性やプライバシー保護の問題もあるため、性同一性障害に関わる公表された二裁判例のみ紹介し、それに対する筆者の意見を述べることとする。

名古屋高裁昭和54年11月18日決定10)
 決定の要旨 男性Aは「もともと半陰陽で」長ずるに従い女性の特長が顕著になり性転換手術を受け、外形的にも女性になったとしてAの父親がAの戸籍の性別表記を二男から長女に訂正することを申し立てた。しかし、鑑定人の鑑定結果で半陰陽を示すものはなく、「人間の性別は、性染色体の如何によって決定されるべきもの」として戸籍訂正を認めず。
 この決定は「性同一性障害者の戸籍の性別変更が認められなかったもの」として一般的には理解されている。しかし、この判例に関しては以下の3点が指摘でき、性同一性障害の性別変更に関する判例としては不十分なものであろう。
1.申立人がA本人ではなく父親であること
2.申立書および判決文中には「半陰陽」とは記されているが(鑑定結果は正常)、「性同一性障害」および類似の概念を示す医学用語は示されていず、性同一性障害そのものについては争われてないこと。
3.その後の決定である、次に示す札幌高裁では「性染色体」以外の性別決定基準が示されていること。
 
札幌高裁平成3年3月13日決定11,12,13)
 決定の要旨 性染色体XYの新生児が、脊椎管内の脂肪種により外性器異常を有したため、担当医師が、男性としての機能を有し得ないと判断し、両親と相談のもと、外科手術により女性外性器を形成し、女性として養育させることとした。両親は当初、戸籍に「次男」として届けたが、後に「長女」としての変更を家庭裁判所に申し立てた。家庭裁判所では「性別は性染色体のみにより決定する」と却下したが、高等裁判所では「外性器の外科的修復の可能性、将来の性的機能の予測をも勘案し、将来においてどちらの性別を選択した方が、当該新生児にとってより幸福かといった予測も加えた医療上の判断に基づき」、「長女」への戸籍訂正を許可した。また、「恣意的な性転向を試みている芸能人のような性別変更に関する戸籍訂正が、みだりに許されないことはもとより当然であるが」と付記している。
 この決定における医学的処置の妥当性には疑問が残るが、ここでは法的議論に絞る。インターセックス(間性)の場合は性染色体以外に、医療上の判断に基づいた性別の判断基準を示しているのは着目に値する。「恣意的な性転向を(以下略)」の文言が性同一性障害者を指しているかどうかははっきりしない。「恣意的」とは一般的にはわがままとの意味であるが、ガイドラインにも示されているように、性同一性障害がSRSを望むのは、経済的利得や、性的嗜好といったわがままからではない。恣意的を「自分の意志で」との意味で用いているとすれば、成人に達して自己の意志においてSRSを決定するものは認められないことになる。しかし、別の決定では成人に達して自己の意志で外科的手術を受けたインターセックスの性別変更が認めらているものもあり、「恣意的」とは「自分の意志で」との意味で用いられていると解釈するのは誤りであろう。

2)諸外国の状況
 諸外国の法的対応の概要を記す。性同一性障害の性別表記変更に対して、特別立法により対応している国々と、特別立法なく対応している国々がある14,15)。
A.特別立法をしている国々
 スウエーデンでは「特定の場合における性の確認に関する1972年4月21日の法律」が施行されている16)。ドイツでは1978年のドイツ連邦憲法裁判所決定において性同一性障害者の出生登録の性別表記の訂正を否定することは憲法違反であるとされ、ドイツ連邦通常裁判所において1979年、性別表記の訂正が容認された17)。その翌年、「特定の場合における名の変更および性の確認に関する1980年9月10日の法律」が施行されている8,18,19)。イタリアでは1982年4月14日法律164号によって、オランダでは、1985年に規定された民法28条によって、トルコでは、1988年5月4日法律3444号により修正された民法29条によって性別表記の変更が可能となっている。
 カナダ・ケベック州のケベック民法典においては71条~73条の性別表記の規定によって性同一性障害者の性別変更の規定を認めている20)。アメリカでは1995年において17の州で性別表記に関する法律が制定されている15)。オーストラリアではサウスオーストラリア州が1988年性変更法を制定している。
B.特別立法をしていない国々
 特別立法はしていないが、個々の裁判や、行政での対応によって、性別変更を認めている国々もある。オーストリアにおいては1993年のオーストリア身分登録庁通達が、出生登録簿の備考欄に性別変更記載をするための要件を述べている。フランスにおいては1990年の判決までは性転換を理由とする身分証書上の性別表記の変更は否定されていた。しかし、ヨーロッパ人権裁判所が1992年3月25日判決で、フランスの判決は人権侵害にあたる態度を批判したため、1994年12月11日の大法廷判決によってフランス破毀院は、自らの判決を変更し、性同一性障害者の性別表記を認めるに至った21,22,23,24)。そのほか、スペイン25)、ノルウェー、スイス、ベルギー、韓国26)などで、性別表記の変更が認められていることが知られている。

3)学説
 公表された裁判例からは、性同一性障害の戸籍性別に関する裁判所のはっきりした判断は示されていないが、法律学者により論じられているいくつかの学説・意見があるので簡単に紹介する。
 石原8,9)は、「我が国の裁判所では、性の確定について(途中省略)、身体的特徴のみならず精神的社会的要因をも考慮に入れて考察するという視点や、性転向症に苦しむものに対する幸福追求権といった憲法的視点をまだもつまでには至っていないといえるであろう」と指摘し、憲法レベルでの論議を求めている。山口23)は、既述したヨーロッパ人権裁判所の判例について述べた後、「『性』の戸籍上の変更は日本でも認められるべきである」と述べている。また、大島14,27,28,29)は具体的な解決策を提案しているので以下に記す。
A.立法論的な解決策
 大島は「現状では性同一性障害の大きな権利が侵害されて」いるとし、特別法の制定により解決案を第一に述べている。特別法の規定すべき医学的要件として1.性同一性障害者であること、2.性再判定手術を受けていること、3.性的外観が変容したこと、4.社会学的性の変容、5.生殖能力がないこと、6.将来における再転換の可能性が極めて低いことを挙げ、法的な要件としては1.満20歳以上であること、2.完全な法的行為能力を有すること、3.婚姻していないことを挙げている。
B.現行法下での解決策
 立法がなされるまでの間の現行法下での解決策として、戸籍上一一三条による性別表記の訂正の可能性について大島は論じている。戸籍法一一三条は「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる」と規定している。「性同一性障害者の場合、戸籍記載時すなわち出生時には異常はなく錯誤があったとはいえない」という考えに対し、大島はインターセックスの場合の考慮基準と同様に「性同一性障害の場合にも、出生後の成長の結果を考慮し、また精神医学的な性・心理学的な性までも考慮して、出生時の性の確認に錯誤があったとして、性別表記の訂正を認めることは可能」と述べている。また訂正の対象となりうる要件については特別法の規定すべき要件に準ずるとしている。
 以上が大島が示した解決策案である。そこで述べられている医学的要件は、過去の我が国におけるインターセックス者への判例や学説30)からすれば妥当なものなのかもしれないが、医学的にみた場合いくつか危惧の念が生じる。その危惧は性同一性障害者の中で、SRSを求めるものと戸籍の性別変更を求めるものが必ずしも一致しないという臨床的事実に由来する。例えば、SRSを必ずしも望まない性同一性障害者もいるが、法的性別変更を望むばかりに、やむを得ず不要のSRSを受けようとするのではとの危惧がある。あるいは身体的問題がある等で、SRSが受けられない、ないしは受けない性同一性障害者に対しては、戸籍性別変更の機会を閉ざすこととなる。諸外国の立法例を見ても、ドイツ以外の国々においては明確な形ではSRSを性別変更の要件には含んでいない。

4)法的議論の前に必要な医学的情報
 ガイドラインはその結び近くにおいて、「性の転換にともない、性別や戸籍の変更など、様々な法的問題が生ずるのは当然のことである。このような法的問題が性同一性障害の治療効果を妨げ、生活の質を損なうこともすでに指摘されているとおりである。したがって、法曹界はこれらの法的問題について早急に議論を開始し、適切な結論を出すことを要望するものである」と記している。しかし、インターセックスに対する性別の法的判断でも分かるように、法的議論がなされるには、その前提、基盤として、十分な医学的情報・議論の呈示が必要である。以下、性同一性障害者の法的性別を議論・判断する上で、必要と思われる医学的情報・議論を述べる。
A.申立人の精神医学的情報
 個々の性別変更の申立においてはまず、精神科医による精神鑑定書あるいは詳細な診断書等の形による十分な精神医学的情報が提示されるべきであろう。それには、申立人の性別の自己認知、性役割、戸籍上の性別が生ずる心理的社会的苦痛、治療経過、一般的精神状態等の情報が記述されることが必要とされよう。また、過去に海外で手術した等の理由で、国内の精神科医の診察を受けていないものは、治療を受けた国の医師による診断書と共に、あらためて日本国の精神科医を受診し、裁判所に提出する精神医学的情報を作成してもらう必要があろう。
B.申立人の身体的情報
 精神医学的情報に加えて、申立人の身体状況に関する医学的情報が、産婦人科医、泌尿器科医、あるいは外科的治療がなされた場合はその執刀外科医等によって呈示されるべきである。その内容は、内性器の状態、性ホルモンの状態、胸部の状態、外性器の外観と機能、さらに必要であれば、声帯、筋肉、皮膚、体毛等の状態について、さらに全体的な生殖能力および性交能力の有無に関する情報を含むべきであろう。精神医学的情報と同様に、海外で手術をしたものにおいては、治療を受けた国の医師による診断書と共に、あらためて日本国の医師を受診し、裁判所に提出する医学的情報を作成してもらう必要があろう。
C.性同一性障害に関する医学的知見
 個々の申立人の医学的情報とは別に、より一般的な性同一性障害に関する医学的知見の呈示が、実りある法的議論の基礎資料として必要である。これまでいくつかある判例や、法律家による論文はほとんどの場合、性同一性障害を「生物学的、生理学的には完全に正常だが、心理的社会的な問題」として捉えている。確かに、ガイドラインの中でも、性同一性障害を「生物学的には完全に正常であり(以下略)」と非常に誤解を招きやすい文言で定義しており、「性同一性障害は生物学的には正常」との考えは広く流布している。しかし、最近の医学的知見においては、性同一性障害の原因として脳の性分化異常が基盤にあると推測しており31,32)、「生物学的には正常」との前提で、性同一性障害の性別に関する法的議論をすることは医学的に妥当なこととは思えない。参考までに、このことに関連する、1993年4月ヨーロッパ法国際会議「性転換・医療・法律」におけるGooren博士33)の言葉を記しておく。「ここ数十年にわたって明らかになったのだが、性分化過程の最終段階は外性器の形成ではなく、脳にも性分化が起こり、その性分化は人間では生後に起こる。知見は決定的なものではないものの、現在では、性転換症者においては、脳の性分化過程は先行して分化した性決定基準(性染色体、性腺、生殖器)から予期される性分化過程へとは進まず、反対の性別へと分化したと認めうる研究結果がある。外性器を決定基準とする誕生時の性別決定は、統計的には信頼できる生後の脳の性分化の予想方法である。しかし、外性器の性質から予想される脳の性分化過程へとは進まない例外、すなわち性転換症者に対しては、法は条項を定める必要がある。」
D.医学的立場からの性別決定
 法的な性別決定を法律家が議論する前段階として、医学的立場からみてどのような状態にあれば性別変更したと見なされるのか、ないしは見なしたほうがよいのかの表明が必要であろう。裁判例紹介のところで記したように、インターセックスにおいては医学的な性別決定に法的判断は準じたものとなっているからである。例えば、埼玉医科大学でSRSが行われているが、SRS施行後のものに対して医学的には性別をどう考えているのか、明確に表明されるべきである。この場合「医学的」とは広範な意味を含むが、「医師の立場として」とも置き換えられ、医学的治療により変容した身体的機能・形態や、もともとの性別の自己認知、あるいは、患者の幸福やQOLの向上を目指すという医師の価値観などがその判断材料となるであろう。

5)戸籍実務
 あまり知られていないが、性同一性障害の戸籍訂正の実務に関することを、法務省民事局第二課戸籍実務研究会により出されている新人事法総覧34)がふれているので紹介する。これは昭和四十五年六月三,四日福岡県連合戸籍事務局協議会決議が記されたもので「性転換による名の変更については、家庭裁判所の許可による変更の届け出により、また、続柄(性別)については戸籍法一一三条の許可があった場合戸籍訂正申請の手続きによって処理する」と書かれてある。さらにその後Q&Aがあり、それによれば名の変更は届け出が受理されたとき、性別訂正は審判が確定したときに戸籍訂正の効力を発揮する。この文書の見解が現在も維持されているとすれば、裁判所において性別訂正が許可されれば、その後に法務省が関与する実務上の問題はないことが推測される。

3.婚姻
 性同一性障害者の婚姻に関する法的問題はその婚姻を求めるカップルの法的性別によりさまざまな状況を起こしうる。いくつかの組み合わせの可能性を例示する。
1)MTFと男性、FTMと女性
 これは一番想定されうるカップルである。法的には戸籍の性別変更を認める、ないしは同性婚を認めるという二つの解決策が考えられる。同性婚を認める方法では、法的にはMTFは男性として、FTMは女性としてのままであり当事者にとって戸籍の性別の問題は残る。
2)MTFと女性、FTMと男性。
 法的には婚姻に問題はない。しかし、戸籍の性別変更を認める場合、現行法では離婚しなくてはならない。当事者にとっての最善の解決策は、戸籍の性別変更をした上でさらに同性婚を認めるというものであろう。しかし、現状のままで婚姻できるにも関わらず、そのような法的手続きを求めることは社会的には理解されづらいであろう。
3)MTFとFTM
法的には婚姻に問題はない。しかし、当事者は、両者が戸籍の性別変更をした上での婚姻を理想的には望むだろう。
4)MTFとMTF、FTMとFTM
 当事者達は、戸籍の性別変更を両者がした上での同性婚を理想的には望むであろう。一方が戸籍の性別変更をすることでの婚姻を望むものもいるかもしれない。
 以上述べたように性同一性障害者の婚姻は、個々のカップルにより、戸籍の性別変更のみを求めるもの、同性婚を求めるもの、両者を求めるものなどさまざまである。これらの法的解決が難しい現状では、養子縁組(カップルは親子になる)により、法的な家族になり同じ姓を獲得するという現実的解決策を行うものもいる。また、将来、戸籍の性別変更が認められたときに婚姻できるように、当事者の親、親族との養子縁組(カップルは兄弟、親族になる)を行うものもいる。

4.その他
 性同一性障害者の抱えるその他の法的問題として、日々の暮らしの中で、違法行為をしているのでは不安を感じている場合や、あるいは、いじめ、差別などに対して法的保護を求めている場合などがある。ここでは具体例の呈示にとどめ、法的解釈や対応等については今後の法律家による議論に任せることとする。
*「就職のときに履歴書に戸籍と違う性別を記載すると法に触れないか。」
*「戸籍上は男性だが、女性のトイレを使っている」
*「ホルモン療法で胸が膨らんできたが、公衆浴場で男風呂にはいるのを断られた。」
*「男として就職したが、戸籍が女だと知られて解雇を言い渡された。」
*「リアルライフテストを始めようと職場に女性の格好で行くようにしたら解雇を言い渡された。」
*「女性の格好をしていることを理由に退学を迫られている」

おわりに
 性同一性障害者の苦悩を減弱させ、生活の質を向上させるためには、医学的対応だけでなく、法的対応も重要な役割を果たすのはいうまでもない。しかし、法的議論を実りあるものにしていくためには、議論の基盤となる医学的情報の呈示や医師の立場からの提言が十分に法律家に対してなされる必要があろう。


文献

1)読売新聞1998年10月23日朝刊
2)針間克己:性同一性障害の概念および現況.ケース研究254:31-45,1998
3)日本精神神経学会 性同一性障害に関する特別委員会:性同一性障害に関する答申と提言.精神経誌,99(7):553-540,1997
4)性転換手術して女の戸籍を闘いとった"男"の術前術後.週刊文春 昭和56年4月23日
5)日本で一人!男性→女性に戸籍変更の”性転換熟女”.FLASH合併号 平成11年3月30日/4月6日
6)柳澤千昭:家事実務研究2 ある名の変更、戸籍訂正事件の審判−性のさすらい人事件の顛末.判例タイムス477:44-47
7)山内俊雄:性転換手術は許されるのか 性同一性障害と性のあり方.明石出版,東京,1999
8)石原明:医療と法と生命倫理.第二章性転換に関する法律問題,日本評論社,1997
9)石原明:性同一性障害をめぐる法的諸問題.臨床精神医学,28(4):401-408,1999
10)名古屋高裁昭和五四年十一月八日決定 家月三三巻九号六一項
11)札幌高裁平成三年三月一三日決定 家月四三巻八号四八項
12)大島俊之:判例研究 間性と性別表記の訂正.神戸学院法学第二九巻第一号:111-137,1999
13)針間克己:判例から考える性別決定の医学的、法的問題.日本性科学雑誌,16:46-47,1998
14)大島俊之:性同一性障害の法律問題.神戸学院法学第二九巻第一号:73-110,1999
15)大島俊之:性同一性障害・インターセックス者の戸籍問題.助産婦雑誌,2:54-60,2000
16)菱木昭八郎:スウェーデン法・性の転換に関する法律.専修法学六八号,1996
17)大島俊之:性転換法成立(1980年)前におけるドイツ判例の転換.神戸学院法学第二九巻第二号:59-105,1999
18)石原明:性転換に関する西ドイツの法律−その医学的ならびに法的視点.神戸学院法学第一三巻第二号,1982
19)石原明:性転換法の年齢制限に対する違憲判決−西ドイツ.神戸学院法学第一三巻第三号,1983
20)大島俊之:ケベック法における氏・名・性別.大阪府立大学経済研究三五巻四号,1990
21)大村敦志:性転換・同性愛と民法(上).ジュリスト一〇八〇号:68-74,1995
22)大村敦志:性転換・同性愛と民法(下).ジュリスト一〇八一号:61-69,1995
23)山口龍之:性同一性をめぐる日仏裁判所の判決・決定と欧州人権裁判所の判断を契機として.沖大法学一九・二〇合併号:198-213,1997
24)大島俊之:性同一性障害に関するフランス判例の転換.神戸学院法学二九巻二号,1-57,1999
25)大島俊之:スペイン法における性転換の取り扱い.神戸学院法学二一巻四号,1992
26)毎日新聞 1990年6月29日朝刊
27)大島俊之:民事判例研究五七〇性転換と戸籍訂正.法律時報五五巻一号:202-206,1983
28)大島俊之:性転換と法−戸籍訂正問題を中心として−.判例タイムス484:77-106,1983
29)大島俊之:性転換手術をめぐる法整備を.論壇 朝日新聞 1998年9月24日朝刊
30)仁平先磨:性転換と法 −戸籍訂正を中心として−.戸籍時報二六九号四項
31)Zhou JN.,:A sex difference in the human brain and its relation to transsexuality, Nature,378:68-71,1995
32)針間克己:性同一性障害の心理療法.臨床心理学大系19.金子書房,東京(印刷中)
33)Gooren,L.J.G.:Biological aspects of transsexualism and their relevance to its legal aspects.Transsexual,medicine and law.XXIIIrd Colloquy on European Law:117-143,1993
34)法務省民事局第二課戸籍実務研究会編:新人事法総覧 実例編7二九八ノ七一,テイハン