別冊日本臨床領域別症候群シリーズNo.39精神医学症候群 288-290P 2003


露出症
1.概念
 
 露出症、すなわちexhibitionismとは、見知らぬ人に自分の性器を露出することに強い性嗜好を有することを意味する。
 
2.疫学
露出症を抱えるものの実数を示す疫学的統計は乏しい。そこで関連するいくつかの統計を示す。
まず、被害者に関する統計を記す。1998年の笹川ら1)が成人日本人女性667名に行った調査によれば、37.2%が「性器を見せられた」経験がある。1999年の安藤ら2)が成人日本人女性457名に行った調査によれば、56.9%が「性器を見せられた」経験がある。1998年の内山ら3)が、高校生・大学生の男性563名、女性676名に行った調査によれば、男性の2.3%、女性の45.3%が「路上で男性性器を見せられた」経験がある。これらの性被害の加害者が、すべて露出症を抱えるものではないと思われるが、相当数は存在することは推測される。
 矢島4)が大学生の男子421名、女子531名に行った調査では性器露出を「してみたい」ことを「非常にそう思う」が男性0.5%、女性0%で、「一度位なら」が男性3.8%、女性0.6%であった。
 
3.病因
露出症をはじめとする性嗜好異常の病因論は、これまで各種提唱されているが、決定的なものはない。ここでは、筆者が担当している、露出症、窃視症、窃触症、それぞれに共通する病因論として、Courtship Disorder(求愛障害)という概念を紹介する。
Courtship Disorderとは、Freundら5)により提唱されている概念で、人間の性的活動をfinding phase、 affiliative phase、tactile phase、 copulatory phaseの4段階に分け、この4段階から、過度に逸脱したものが、パラフィリアのいくつかに該当すると考える。
finding phaseとは、性的パートナーを探し出す段階である。一般的には、この段階では自分の好みのパートナーを探し出す活動が行われる。この段階が過度に突出し歪んだものが、窃視症になると考えられる。
affiliative phaseとは、性的パートナーと親しくなる段階である。一般的にはこの段階では、見つめたり、微笑んだり、話しかけたりすることで仲良くなろうとつとめる。この段階が過度に突出し歪んだものが、露出症やわいせつ電話になると考える。
tactile phaseとは、性的パートナーと触れ合う段階である。一般的にはこの段階では性交に至る前の身体的ふれあいが行われる。この段階が過度に突出し歪んだものが、窃触症や性的暴行になると考える。 copulatory phaseとは性交が行われる段階である。この段階が過度に突出し、歪んだものがレイプなどになると考える。
 
このように、Courtship Disorderでは、本来の性的活動の流れに沿わず、4段階の1段階だけが突出し、そこに強い性的興奮が伴う。本来の流れに沿っていないため、見知らぬ仲から、親しい関係になり性交というプロセスにはならず、見知らぬままの相手に性的興奮を持つことになる。
 
4.臨床的特徴
 露出症は、自分の性器を見知らぬ人に露出することで性的興奮を得る。露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。
 統計的データに関しては、日本における文献は乏しいので、米国の文献を中心に述べる。
他の性嗜好異常と同様に発症年齢は若い。Abel6)によれば、50%の露出症が18歳以前に露出に性的関心を抱いていたという。しかし、初犯として最初に逮捕されるのは、20歳台半ばが多い。
 多数の長期追跡研究はないが、いくつかの症例の追跡調査では、40歳を過ぎると症状は軽くなっていっている。いくつかの文献において、露出症の中で40歳以上のものが占める割合は6~27%である。しかし、これらの文献は主に性犯罪者としての逮捕者のデータであり、実際のデータは不明である。
 女性による露出行為や、男性を対象とした露出行為の報告もいくつか見られるが、知られている大多数の露出行為は男性が女性に対して行っている。このことは、多くの露出症が男性から女性に行われることの反映とも思われるが、女性が男性に、あるいは男性が男性に露出行為を行っても、通報されたりはせず、性犯罪として表面化しにくいという理由も考えられる。
 露出の対象となるものは小児や青年期の女性が多い。犠牲者の28%が5~13歳、16歳以前に露出された経験のあるものが、57%、66%などの統計7)がある。日本の性的虐待に関する統計8)によれば、小学校卒業までに「異性からむりやり、裸や性器を見せられた」経験のあるものは、女子で9.1%、男子で1.3%であった。
Blair9)の露出症に関する総説によれば、2分の1から3分の1のものが既婚者で、学歴、職業、知能において特徴は示されなかった。
 露出症は、比較的に害が少ないと考えられたこともあったが、最近では他の性嗜好異常を伴うことが多いと指摘されている。Freundによれば露出行為をしたものの中で、32%が窃視行為を、30%が窃触行為を、15%がレイプを行っていた。Abel10)によれば露出症と診断されたもののうち、27%に窃視症が、17%に窃触症が、39%に小児への性交が、14%にレイプがさらに認められた。
     
5.診断と診断基準
 DSM-IV-TR11)における診断基準は以下の通りである。
302.4 露出症の診断基準
A. 少なくとも6ヶ月間にわたり、警戒していない見知らぬ人に自分の性器を露出することに関する、強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動が反復する。
B. その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。
 
なお、診断基準Bは、改訂前のDSM-IV12)の「その空想、性的衝動、または行動が臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。」とは、異なったものとなっている。この変更は、性嗜好異常の中で小児性愛、露出症、窃視症、窃触症においてのみ、みられるものであり、他の性嗜好異常では、改訂前の診断基準のままである。小児性愛、露出症、窃視症、窃触症では、たとえ本人に苦痛や機能の障害を生じていなくても、行動化すればそれは他者の権利を侵害する性暴力行為であるために、診断基準が改訂されたと思われる。
 
6.治療
a.薬物療法
 米国ではmedoroxyprogesteron acetate、カナダや欧州ではcyproteron acetateなどのテストステロンの血中レベルを低下させる薬物が性犯罪者に用いられ、一定の効果を上げているようである。わが国で、このような薬物が実際に使用されているかどうかは不明である。また、性嗜好異常に伴うことの多い衝動性、強迫性の改善を目的に、抗うつ剤が試されることもある。
b.精神療法
 露出症をはじめとする、性嗜好異常の治療では、何かひとつの治療技法を用いるのではなく複数の技法を用い、多面的にアプローチすることが大切である。また、性嗜好異常の治療においては、通常の治療と異なり、逮捕されたなどの理由から、本人に治療意欲の乏しいまま、治療開始となることがある。この場合、治療意欲を持たせることが第一となる。
治療の詳細については、拙著の「性非行少年の心理療法」13)を参照してほしい。
 
7.文献
1)笹川真紀子:日本人の成人女性における性的被害調査.犯罪学雑誌 64(6):202-21-,1998
2)安藤久美子:性暴力被害者のPTSDの危険因子.精神医学 42(6):575-584,2000
3)内山絢子:高校生・大学生の性被害の経験.科学警察研究所報告防犯少年編 39(1):32-43,1998
4)矢島正見:性犯罪に対しての男と女の構図―大学生の調査から―.犯罪と非行124:100-118,2000
5)Freund,K: Courtship disorders. In: Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender,195-207, Plenum Press, New York, 1990 
6)Abel,G.G.: The nature and extent of sexual assault. In: Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender,9-21,Plenum Press, New York, 1990 
7)Murphy,W.D.: Exhibitionism. In: Sexual Deviance,22-39,The Guilford Press, New York,1997
8)「子どもと家族の心と健康」調査委員会・日本性科学情報センター:「子どもと家族の心と健康」調査報告書.1999
9)Blair,C.D.: Exhibitionism: Etiology and treatment. Psychological Bulletin 89:439-463,1981
10)Abel,G.G.: The Paraphilias: the extent and nature of sexually deviant and criminal behavior. Psychiatric Clinics of North America 15, 675-687,1992
11)American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision. American Psychiatric Association, Washington DC, 2000
12)American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition. American Psychiatric Association, Washington DC, 1994
13)針間克己:性非行少年の心理療法.有斐閣,2001