別冊日本臨床領域別症候群シリーズNo.39精神医学症候群 291-293P 2003

窃視症


1.概念
窃視症すなわちvoyeurismとは、通常は見知らぬ、警戒してない人の裸、衣服を脱ぐ行為、性行為を見ることに強い性嗜好を有することを意味する。日本語では、のぞき見、出歯亀などとよばれ、英語では、peepers、inspectionalism、mixoscopiaなどともよばれる。
類似の概念のいくつかを以下説明する1)。
Scoptlagnia:他者の性行動を見ることで性的に興奮すること。
Scopophilia:他者が衣服を脱ぐのを見ることで性的に興奮すること。
Scoptophilia:同意のある他者の性器や性行動を見て性的に興奮すること。
Troilism:自分のパートナーが他者と性行動をしているのを見て性的に興奮すること。
Pictophilia:性的な画像やビデオを見ることで性的に興奮すること。
 
2.疫学
窃視症を抱えるものの実数を示す疫学的統計は乏しい。そこで関連する統計を示す。
 1998年の内山ら2)が、高校生・大学生の男性563名、女性676名に行った調査によれば、男性の4.4%、女性の10.8%%が「更衣室や風呂場、トイレなどでのぞかれた」経験がある。これらの性被害の加害者が、すべて窃視症を抱えるものではないと思われるが、相当数は存在することは推測される。
 矢島3)が大学生の男子421名、女子531名に行った調査ではのぞきを「してみたい」ことを「非常にそう思う」が男性13.8%、女性1.5%で、「一度位なら」が男性28.8%、女性9.3%であった。
 
3.病因
 窃視症の病因論に関しては各種提唱されているが、決定的なものはない。窃視症の病因論の一つであるCourtship Disorder概念については、露出症における記述を参照していただきたい。
 ここでは、古典的学説の紹介ではなく、窃視症の病因のひとつとして現代の科学技術が与える影響について、筆者の考えを記す。 現在、典型的な窃視症を臨床の場で経験することはまれである。実際に経験するのは、いわゆる盗撮である。盗撮行為に関しての精神医学的位置付けに関して、これまで議論はほとんどなされていないと思われるが、筆者は窃視症に含まれると考える。知られぬように他人の性に関することを見ることに強く性的嗜好があるという、窃視症の本質的特徴を盗撮行為は有しているからである。いわば窃視症の現代版が盗撮である。盗撮が行われる背景のひとつとしては、カメラ、ビデオカメラ、ビデオの発明および機能向上である。実際に相手にわからないように撮影可能であるからこそ、盗撮は増加する。また撮影のあとで、写真、ビデオ表示、パソコン画面表示なので、再生可能なことにより、性的刺激が増大する。
もう一点、インターネットについて指摘する。インターネット上には、盗撮をはじめとする性犯罪に関するホームページが多数存在する。そこには掲示板や投稿写真コーナーがある。このようなページ上で、同じ性嗜好を有するものとのやりとりにより、性的空想は増大し、具体性を増すと思われる。性嗜好異常を有するものに特徴的な認知の歪みもこのやり取りにより強化されると思われる。また、性的空想と実際の行動化には大きな開きがあるが、インターネット上の掲示板等への性的空想の書き込みという行動により、その大きな開きを縮める橋渡し役になるとも思われる。
 
4.臨床的特徴
 窃視症は、古典的にはのぞき見行為の著しいものであり、見知らぬものの裸や着替えや性行為を見ることで性的興奮を得るものである。のぞき見の最中、あるいはのぞき見を計画しているとき、のぞき見を想像しているとき、のぞき見後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。自分がのぞき見をした人と性的関係を持ちたいと空想することもあるが、実際にそうなるのはまれである。のぞきを行う場所としては、窓、トイレの壁の上下、ドアについている郵便ポストの穴などがある。トイレでのぞくものは、相手の性器や臀部ではなく、小便や大便の排泄を見て性的興奮を得る場合もある。特殊な例とは思われるが、筆者の経験例でトイレでのぞきを繰り返し、さらに、ドアのポストの穴からのぞきをしていた女性の部屋に留守中侵入し、部屋のじゅうたんの上に大便をすることで性的興奮を得たものがいる。
また、病因のところで既述したように、現代では、窃視症は盗撮という形で、臨床や司法の場において問題にされることが多い。盗撮では、自ら撮影したり、隠しカメラという形で設置しておいたり、他者(知人の女性など)に頼み撮影したりする。撮影の最中や、撮影を計画しているとき、再生したビデオや現像した写真を見るときなどに性的興奮を得る。自ら撮影したものだけでなく、他者が撮影したビデオや写真等を見ることで興奮する場合もある。また、盗撮では、撮影の対象が性的行為や裸や着替えという状態になく、通常の衣服を着用している場合でも性的興奮を得るものもいる。あるいは、フェティシズムや部分性愛を伴うものにおいては、靴やかかとなどの撮影で性的興奮を得ることもある。また見知らぬものだけでなく、知人女性の着替えを撮影した例も筆者は経験している。
 窃視症の統計的データは日本のものは乏しいので、米国の統計を中心に述べる。
 Abel4)によれば、窃視症を伴うものの50%が15歳以前に窃視行動に興味関心を抱いていた。
Gebhard5)によれば、窃視を行ったものの45%が既婚者で、他の性犯罪者に比較し、婚外性交の経験は少なかった。
窃視症の女性は知られていないが、矢島の統計が示すように、少なくとも窃視願望をもつ女性は存在するようである。
窃視症には他の性嗜好異常が伴うことが指摘されている。Abelによる411名の性嗜好異常を有するものの調査では、62名が窃視症の診断を有していた。62名全員が他の性嗜好異常を有し、37%がレイプ、52%が小児性愛、63%が露出症、11%がサディズムを伴っていた。
Freund6)の窃視を行った94名の調査では、82%が露出症、38%が窃触症、18%がレイプを伴っていた。
窃視症は窃視行為を繰り返すが、Bradford7)による274名の性嗜好異常を有するものの調査では、115名が窃視症で、彼らは合計1160回の窃視を行っていた。
 
5.診断と診断基準
 DSM-IV-TR8)における診断基準は以下の通りである。
 
302.4 窃視症の診断基準
A. 少なくとも6ヶ月間にわたり、警戒していない人の裸、衣服を脱ぐ行為、または性行為を行っているのを見るという行為に関する、強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動が反復する。
B. その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。
 
診断基準Bについては、露出症における記述を参照していただきたい。
 
6.治療
a.薬物療法
 露出症における記述を参照のこと。
b.精神療法
 窃視症に特別の治療法は知られていない。他の性嗜好異常と同様に種々の治療技法を組み合わせて、治療を行うのが望ましい。  ここでは、認知の歪みの是正について簡単に述べる。他の性嗜好異常と同様に窃視症では、認知の歪みが見られる。たとえば、「人の裸を見たいと思うのは当然だ」「見られたいから、カーテンを開けていたんだよ」「見られらたって減るものじゃないし」といったものだ。このような考えは、自己の性的空想を繰り返したり、同様な考えのものが集まるインターネットの掲示板でのやり取りの中で、強化される。これらのゆがんだ認知を、自己責任をとり、被害者への共感がある適切な認知へと、是正していくことが治療目標のひとつとなる。
 詳細な精神療法については、拙著の「性非行少年の心理療法」9)を参照してほしい。
 
7.文献
1)Kaplan,M.S.: Voyeurism. In: Sexual Deviance, 297-310, The Guilford Press, New York, 1997
2)内山絢子:高校生・大学生の性被害の経験.科学警察研究所報告防犯少年編 39(1):32-43,1998
3)矢島正見:性犯罪に対しての男と女の構図_大学生の調査から_.犯罪と非行124:100-118,2000
4)Abel,G.G.: The nature and extent of sexual assault. In: Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender,9-21,Plenum Press, New York, 1990 
5)Gebhard,P.H.:Sex offenders, Harper & Row, New York, 1965
6)Freund,K: Courtship disorders. In: Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender,195-207, Plenum Press, New York, 1990
7)Bradford,J.B.: The paraphilias: A multiplicity of deviant behaviors. Canadian Journal of Psychiatry 37(3):104-108,1992
8)American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Forth Edition, Text Revision. American Psychiatric Association, Washington DC, 2000
9)針間克己:性非行少年の心理療法.有斐閣,2001